ここ丹那は寒い場所にあるので、街より収穫期が遅めです。
マメ科植物は空気中のチッソ分を根に固定するので、チッソ分でよく育つ葉もの野菜と混植するとよく育ちます。
例年、この時期だけ大根葉やラディッシュ、レタス類などを一緒に植えています。
まだ気温が低めなので、害虫(主にハ虫や蝶)が寄ってきません。
5月を過ぎると虫に食害されるので早く成長する葉ものを育てます。
4月18日。株もとが太くしっかりとして、全体的にかなり大きくなってきた
静岡県函南町丹那で無農薬・無化学肥料の野菜を生産・販売しています。自然の中でのびのびと育った野菜は健康そのもの。このブログでは野菜が生育して収穫するまでの様子を公開します。食べる野菜がどんな環境の中で育っているか、知っていれば二倍おいしい。
ここ丹那は寒い場所にあるので、街より収穫期が遅めです。
マメ科植物は空気中のチッソ分を根に固定するので、チッソ分でよく育つ葉もの野菜と混植するとよく育ちます。
例年、この時期だけ大根葉やラディッシュ、レタス類などを一緒に植えています。
まだ気温が低めなので、害虫(主にハ虫や蝶)が寄ってきません。
5月を過ぎると虫に食害されるので早く成長する葉ものを育てます。
草を刈りこと2回、竹や低木を切り、100の切株を掘り上げ、草を燃やし格闘の日々、そしていよいよ、地元の組合にお願いし耕運機であら起こしをしてもらうことになった。
丹那で牛飼いをしているフミトシさんにお願いすることになった。
機械を入れる前に堆肥を撒けとのこと。
トラックで数回に分けて牛糞堆肥を運搬してもらった。
数か所に堆肥の山ができた。
この山をスコップで散らしていくのだ。
これが意外とキツイ。堆肥の山をネコ車(運搬一輪車)に移し、まんべんなくその堆肥をスコップでまき散らしていく作業だ。
「えっちらおっちら」と、最初は鼻歌を鳴らしながらラクにやっていたものの、次第に腕力のなさに気が付きはじめヒートダウン。
2反ほどの面積に堆肥の山は10ほど。その3山くらい崩して蒔き終えたところでヘトヘトになった。
この作業、隅々まで平均的に散らし蒔いていくのだ。この単純な作業に朝から日が暮れるまでかかった。休憩が多いので時間かかったという見方もあるが、紫外線の強い5月の陽ざしは体力を奪う。真夏よりも紫外線が強いこの時期だ。これで蒸し暑さが加わったらもっとかかったかもしれない。
翌日大型の耕運機で一気に起こし小1時間ほどで終了。
フミトシさんの話によると「畑にするにはもう一回かけないとだめだよ」という。
「今度は深くいくから、まわすには根っこを取らないと」などと意味不明なことをいう。
「根っこをとるとは?」
「ローターに絡まったりすると故障の原因になったりするから、根っこ取ってね」
どうやら、畑に残された、葛の根や竹の根など長い根を取り除けということだ。
~(今思えば、この根っこ取りが一番しんどかった)。
この後、根っこ取りに3週間の時間を費やした。根っこ取りの作業にネを上げる、まさに性根を試される3週間となった。
そのうち数種類をミックスしています。
主にプランターや発泡スチロールでの栽培です。
露地栽培のうち現在はルッコラとセルバチコのみです。
それぞれの味を楽しめます。
ソラマメが開花しました。
ここでは11月~12月上旬に黒ポットに蒔き、年明けに定植します。
通常は晩秋蒔き(じか蒔き)ですが、寒い場所なのでずれています。
年明けまでに大きく育ってしまうと強い霜に何度も当たり、ダメになってしまうので、
小さい株で越冬させるようにします。
霜に当たり葉の組織が死んでしまっても側枝と言って脇からでてきますから、死滅することはない。でも、その分収量は減ってしまう。
収穫も下の街より遅い。
◇
ソラマメやエンドウは収穫するまでに時間がかかるので、その間、畝に大根葉やラディッシュ、ホウレンソウなど短期間で収穫できるものを蒔いてしまいます。
ソラマメには、リーフレタスを混植しています。
豆類は空気中のチッソ分を取り込み根に固定して栄養としているので、チッソ肥料は控えます。
葉もの類はチッソ分を必要とするので、互いによく育つ。
レタス、ソラマメともにアブラムシが付きますが、リーフレタスを株元に植えると、アブラムシはそら豆の方に付くので、レタスにはあまりつきません。
アブラムシも好みがあるようです。
おもしろいですね。
今回リーフレタスはロロロッサを混植しています。
今季の冬は寒さが強かったせいか、外葉は特に硬い。
しかし、その分甘みが強くおいしい、と思います。
春キャベツは、巻きが緩く、冬採りはぎっしりとタイトに巻いています。
それぞれ好みがあります、使い方もそれぞれ違うでしょう。
春採りはサラダなど、冬採りはロールキャベツなどいかがでしょうか。
◇
キャベジンって胃腸薬がありますが、キャベ人という人種ではなく、キャベツから発見されたビタミンUであります。
これは胃腸壁の修復強化や胃液の分泌を抑制する作用があり、摂取すると粘膜細胞への血流が促進されてたんぱく質の生成が活発になるそうです。また、胃腸粘膜の保護修復を促してくれる優れものであります。
しかし、なぜキャベジンと言うのか。キャベロンとか、キャベクラとか(キャバクラみたい)でもいいのに。キャベはキャベツ、果たしてジンとは?
仁か。医は仁なり~という格言がある。それだ。あくまでも推測であります。
◇
キャベジンの語源は記されていませんが、東スポに詳しく書いてありました。
キャベツのコールスローサラダ
強力な抗ガン作用
キャベツを使った定番おかずです。特有の成分であるキャベジン(ビタミンU)は、胃酸の分泌を抑えて胃腸の粘膜の新陳代謝を促します。胃潰瘍や十二指腸潰瘍を改善する成分として知られていますが、実はビタミンCとともに肝機能向上にも効果的です。
ただし、水溶性のビタミン様物質で熱に弱いため、生食やジュースで摂取することをお勧めします。その際には、レモン汁や酢を加えて酸化を抑えると、より効果があります。
また、キャベツには活性酸素産生を防いで動脈硬化をはじめとした生活習慣病やがんを予防するカリウム、肩こり、いらいら、骨粗しょう症を予防するカルシウム、血液凝固や骨を強化する作用のあるビタミンKなども含まれています。ほかにも、イソチオシアナート、インドール、ステロール、ペルオキシーダーゼなどを含み、一層強力な抗ガン作用を発揮します。
とんかつ、ハンバーグ、焼き肉、鶏から揚げ、肉のソテー、ビーフステーキなどの肉の脂肪が入った料理を取る際に、キャベツのコールスローサラダをともに摂取すると、肉料理が引き起こす酸化しやすい脂肪の害を抑制する効果が期待できます。
2011年 3月29日 おかずもう一品はこれにしよ― 東京スポーツ
企画書
チャリティー野菜の実施について
趣旨
このたびの未曾有の大震災で国難とも言える多くの被害が出ました。
その被害の甚大さはメディアで報道される通り。目に見えるものでも想像を絶するほどです。また、被災者のメンタル面など目に見えないところでも想像しきれないほどの災難が降りかかっています。
災害はまず子どもや老人、障害者など災害弱者から被害を受ける。この大災害も災害弱者が多く亡くなられました。それは大手新聞などに掲載されている亡くなられた方の名簿の年齢を見れば容易にわかります。特に数字の少ない(年齢)人(子ども、青少年)の名を見つけると胸が痛みます。そして、あまりの多さにやるせない気持ちでいっぱいになります。一方で、難を逃れた子どもたちの中には、親を亡くしてしまった遺児も少なくないそうです。一瞬にして親を亡くした子供は心的障害も危惧されます。
こうした中、被災者に向け世界中から多くの義援金が寄せられています。しかし、災害エリアが広範囲に渡り、複数の自治体に跨っている・被害状況が確認できないなどの理由で、いまだに義援金の配分や配分額も定まっていません。大切な義援金が今後、迷走する事態も十分考えられます。
義援金、その浄財の使われ方は預託する団体に任されますが、今回実施するチャリティーは、使途不明の可能性のある義援金ではなく、明確な目的を持った支援とするために実施するものであります。その目的は、上記した災害遺児たちに使っていただきたいと思います。
義援金という募金の形態でなくチャリティーとして実施され、私たち生産者のつくる野菜が参加(野菜購入の消費者)された方の善意として、未来ある子どもたちのために有効に使われればと思い実施するものです。
事業内容
l いち生産者でなく、サンヴェール消費者団体としてのチャリティー(仮称・サンヴェールごんぎつねチャリティー)としたいことを提案します。
l 野菜売上全額寄付。
l 4月から一年間実施し、一年後(3月)開封は立会のもと集計し、その浄財を寄付先(未定)に持ち込みます。
* このチャリティーについてアイディア等ありましたらお寄せください。
寄付先については未定ですが目的が決まっているので、あしなが育英会、ユニセフ、びっきこども基金(仙台市)などが候補にあげられます。ご協力よろしくおねがいします。
【びっきこども基金】
さとう宗幸氏(歌手)らが2005年小中学校への楽器修復費用の寄付を目的にコンサートを続けてきた「みやぎびっきの会」が、このたびの東日本大震災で被災した子どもを支援する基金「びっきこども基金」を設立。
1. 各県の教育委員会などを通じて、被災した子どもたちの教育に役立てる。
2. 働き手を失った家庭や被災した子どもを受け入れた施設などへの生活資金として送る。
3. 被災した子どもたちが将来、進学の望みを断つことのないよう援助する。
4.楽器の修復などの活動も継続して行う。
これらの方針を掲げ、現在、会のNPO法人化へ動いている。有事には子どもに限らず柔軟に支援し、年内に東京と宮城で「救援ライブ」を行う方向。
チャリティーは1年で終わらせず、野菜を作り続けて行く限り、いや生きている限りずっと継続していくつもりです。だけどそれはそう簡単じゃない…。
会社勤め時代(前職は地方新聞の記者をやっていました)、ある町の障害者施設ひまわりの家に、家庭菜園でできた野菜を寄付していたことがありました。
処分しきれない野菜がたくさんあったので、何かに役立てればとおもった。
ひまわりの家は町の施設である情報センター内で、手造り小物やパンの販売などをして利益を運営資金にしていた。
仕事でよく足を運ぶ情報センターで、そこで働くひまわりの家の子たちと仲良くなって、売上に貢献できればと菜園で余った野菜を寄付していました。そこで働く子たちが素直で、真っすぐなその気持ちで生きている、その力になれればと、率直にそう思ったからです。
◇
毎日ではないにしろ、定期的に持っていくことは意外に大変でしたが続いていました。
ところが、何カ月もすると途中でめんどうになりはじめた。
「どうせ寄付だから、いいや」という考えがよぎったりした。気が向いたら出せばいい。仕事じゃないんだから。
いつのまにかモチベーションは低下し、気持ちが弛み始めていった。
ひまわりの家も寄付された野菜の売上があれば、少しでも助かるはず。どこか心の奥で、野菜を待っていたのかもしれない。
しばらくして、「あの野菜を楽しみにしていたお客も多かった」と、どこからか耳にしたとき哀しくなった。自分自身情けなく感じた。
その時、気まぐれや興味本位、自分本位でやってはいけないことなんだと痛感したのです。待っていた人がいたのです。
そんな簡単なことも分からなかった。
表面には出さずとも心の中で期待をしていた人たち、野菜を楽しみにしていた人たちを裏切ってしまった。
本業の仕事で忙しかった、と言い訳も立つでしょう。だとしたら、説明すべき。
でも、別に忙しくも何ともなかった。結局、面倒になってしまったのです。
ここに大事なことが隠されていた。
善意の気持ちは、ちょっとしたことで有難迷惑になりかねない―ということだ。
そこには、その善意の気持ちの重さがある。軽い気持ちでやってはいけないということなのだ。
赤い羽根共同募金など一時的なことはそれでいい、しかし、続けていくことに意味がある行為ならば、自分自身に「ホントにできるのか」と自答して実行しなければならないということなのだ。
結局、当事者(ひまわりの家)の気持ちを翻弄するに等しい行為となってしまったけど、その愚かな気持ちに気が付いて、再び続けることができ、最後は円満に終わることができた。会社を辞めるまで3年くらい続けられた。
◇
そういう経験をしたので、今回のチャリティーはもちろん厳しく自問自答してエンターキーを押したわけです。
そしてなにより、あの写真を見たこと。それがスタートです。
いつか、くじけそうになるときが来るだろう。
また、あのときと同じように面倒になる気持ちがよぎり、モチベーションが低下し、張り詰めていた気持ちが垂れてくることもあるだろう。
そうしたとき、あの報道写真を見ようと思う。
毎週土曜日午前10時半から、その日の朝収穫したばかりの野菜を軽トラックに乗せ、販売しているのです。
いらしてくれるみなさん、みな野菜が大好きな健康的で気さくで、明るい方ばかりで、野菜を「おいしいおいしい」と言ってくれて喜ばれています。
うれしい!農家冥利につきるというものであります。
そのサンヴェールで4月16日からチャリティー野菜販売をスタートさせました。
チャリティー用のコーナーを設け一年間実施し、その売上全額を寄付するものです。
今回の東北の被災地に向けてのものですが、目的は子どもたちの支援です。
以前から親を亡くした子どもたちや海外で満足な医療も受けられない子どもたち、そして21世紀の現在でさえ人身売買される子どもたちがいる、その救済に関心を持っていました。
でも、なにもしてやれなかった。
せいぜいフェアトレードの商品を購入するぐらいで、何もできなかった。
しなかったと言っていい。
◇
あの3月11日以前、以後でまったく世界観や価値観が変わってしまった人も多いと思う。それによる意識の芽生えもある。
連日メディアで映し出された、鬼も涙するようなあの惨状に声を上げない人はいないでしょう。私にとって何よりも心打たれたのは、・日刊スポーツ(3月30日)の写真でした。
―全校108人生存確認わずか34人…級友はみな沈んだ~「生きていたんだ」再会 抱擁―
という見出しの写真2枚。
石巻市大川小・中の児童生徒たちの泥にまみれて汚れたランドセルや学習道具が北上川岸壁に集められた写真だった。
集められたランドセルやカバンが私には、それがみな死んだ子どもが並べられているように見えてしまった。そして左の写真は対照的に生存した子どもの抱擁する姿…
泥だらけのランドセルが一斉に並べられる様子はあまりにもシュールすぎる。
津波の映像やどんな戦慄の写真や映像より、自分にとってそれは度を超えた写真だった。
あまりに悲しくて、死にたくなるくらい自分がどうにかなりそうでしでたが、その子どもたちが抱擁する写真の真下に、なぜかコンドームの広告を見つけたとき、我に返りました。というか、冷静になれた。
悲しい報道ばかりじゃない。避難所のスナップショットを集めた写真もあり、子どもの笑顔が見られると、ほっとする。それは野菜をおいしい、と言ってくれる人たちの笑顔と同じなんです。
とにかく、あの写真が「やろう」というきっかけになった。
チャリティーはそういう切っ掛けでした。
未来ある子どもたち大勢が亡くなった。そして親を亡くした子も多い。この先増えて行くでしょう。
そういう子たちが、経済的なことで、進学できなかったり、夢を叶えられないということがあっていいものだろうか。そんな馬鹿な話はない。
子どもたちにはたくさん本を読んでもらいたいし、夢を叶えてもらいたい。